出会いなんてモノは存在しません
出会いを探そう、頑張ろう、独りじゃないよ、心をひとつに、などなど無責任で投げっぱなしでキャッチボールする気持ちすら存在しない全方位型公開オナニーの応援をするような輩は生爪を一枚一枚剥がされて苦痛にのたうち回りながらこの世に生まれて来た事を後悔しながら死ぬべきであるが、とにかく先程から探したいと連呼している『出会い』そのものが存在しているといつから勘違いしていた?実際には出会いなんてものはこの世の中のどこにも存在せず、ただ我々が後付けの理由をもってして『出会い』と呼称しているに過ぎないのである、つまり出会いなんて者はアナタ自身が出会いだと言い張ればソレはもはや『出会い』として成立するのである。
欲しい欲しい、探せ!
出会いが欲しいか?欲しいと思ったのならその時すでに行動は終了している、ソレが出会い探しってもんじゃないだろうか?特に負ける事にたいしてどこまでも慣れ親しんだ童貞男子はバイタリティとハングリー精神に欠けているのではないだろうか、いやいやそんな事を言ってもこの世界で負ける事に対してはドコまで行ってもスペシャリストな諸君らにとっては出会い探しに挫折する事すら想定内だったりするのだろうか?しかしもし仮に出会いに失敗する事が想定通りなのだとしても『だからどうした』と言う事だろか、結局我々は童貞をどうしようもない位に維持したままであるし出会いすらも見つけられていないではないか、結局出会いを望む事そのものが間違いだったのだろうか?
出会いと孤独は同じものさ
そんな出会いを探す行為の虚しさを理解して頂けた事だろうが、しかしそんなどう見ても完全に負け戦な状況でも『はぁ?いやいや、何を言っているんですか。そもそも出会いなんて初めから欲しいなんて思ってもいなければ興味だってありませんでしたが何か?出会いなんて無くても人生は充実しているし、むしろ出会いなんて無い方が充実感が満ち溢れていますからご心配なく』なんて態度を貫けるような童貞男子はきっと恐らくこれから先の未来も出会いなんてものが無くても生きていく事になんら支障は無いと言えるでしょう、ただ強いて言うとしたら、30,40のいい年こいたオッサンになったときに『童貞ですが何か?』と罪悪感なく言えるのかどうかそれだけが気がかりである。